被災想定の作り方

被害想定の作り方

BCPを策定する際に重要なのが、どのような危機に備えるのかをイメージすることです。一般的に、多くの日本企業は地震の危機を想定することがほとんどであると思います。今回は地震被害を中心に、どのような被害想定を置くことがよいか、その後の緊急対応方針や解決策(対策)、行動手順を具体的に決めるのに必要な被害想定の置き方についてお話ししたいと思います。

シナリオベースのBCPとリソースベースのBCP

今回は地震をきっかけに自社あるいは自社の拠点や関連会社のある地域が被害を受けるというシナリオをもとに、必要な事前準備などを定義していくBCPの作り方になります。これを「シナリオベース」のBCPと呼ぶことがあります。これに対して、「リソースベース」のBCPというものがあります。これは自社の経営リソースが使えなくなった場合に必要な事前準備などを定義していくやり方です。

リソースベースのBCP

例えば、ある生産拠点Aが使えなくなった場合はどうするのか、という考え方をします。生産拠点Aが使えなくなった場合はそこで生産されるものを生産拠点Bで作ることにする、というBCPを策定するならば、必要な事前準備は生産拠点Aに必要な原材料や機械をあらかじめ準備しておくことになります。この準備は生産拠点Aがある地域での地震、あるいはそこでの火災でも適用可能です。交通機関のマヒなどで生産拠点Aが稼働できていてもモノのやり取りができないという事態にも適用可能です。応用の可能性を考えれば、リソースベースでBCPを策定したほうが効率が良いこともあり、欧米系の会社ではほとんどがリソースベースでBCPを策定しているようです。

しかしながら、BCPの策定になじみがない場合、具体的なシナリオを用意したほうが関係者の理解が得やすいというメリットがあります。ですので、多くの日本企業はシナリオベースのBCP策定のアプローチを採用しています。

被災想定の置き方3つとその特徴

被災想定の置き方としておおきく3つの方法があります。
・公的機関の被災想定を使う
・他社事例を使う
・自社内でシナリオをブラッシュアップする

それぞれ、下記の特徴が挙げられます。

公的機関の被災想定を使う

メリット
・綿密な研究に基づいており信頼性がある
・公的機関の出している資料に基づくので、関係者の納得が得やすい
デメリット
・断定をしないのでアクションプランを立てづらい(例:「5割の地域で停電」では自社施設が停電するのかしないのかが判断できない)
・多くの人の予想よりもはるかに大きい被害であるため、思考停止に陥りやすい(「こんなに甚大な被害が出るならなにもできない」という声が上がる)

・他社事例を使う

メリット
・具体的であり共感しやすい
デメリット
・情報が入手しづらい
・自社と異なるビジネスであると自社に適用しづらい

・自社内でシナリオをブラッシュアップする

メリット
・自社ビジネスに適用しやすい
・ブラッシュアップの時から関係者を巻き込んでおくと、関係者の納得が得やすい
デメリット:
・シナリオメイキングのスキルを持った人材がいないと余計に混乱しやすい
・既存の対応策ありきのシナリオになり、「甘く」なる。(東日本大震災の際に被害にあった原子力発電所の被災想定では、津波の高さを5メートル程度としていたが、実際にはその3倍の高さの津波が発生した)

それぞれの詳細について下記で述べます。

公的機関の被災想定

大規模災害による被害想定については国や各自治体が定期的に公表しています。これからBCPを策定しようとするリスク管理責任者はまずは内閣府の出している首都直下地震や東南海・南海地震(南海トラフ地震)の被害想定をみるべきであると思います。

https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/keizoku/sk_02.html

上記リンクにある内閣府防災情報のページにある「首都直下地震の被害想定と対策について」では次のような被害想定がおかれています。

(1)電力:発災直後は約5割の地域で停電。1週間以上不安定な状況が続く。
(2)通信:固定電話・携帯電話とも、輻輳のため、9割の通話規制が1日以上継続。メールは遅配が生じる可能性。
(3)上下水道:都区部で約5割が断水。約1割で下水道の使用ができない。
(4)交通:地下鉄は1週間、私鉄・在来線は1カ月程度、開通までに時間を要する可能性。

この想定に対して修正を迫るような、「1週間以上不安定な状態が続くわけがない」などという声はまず上がらないと思われます。しかしながら、1週間電気が使えないとする、と断定するとなると、意見が分かれます。「東日本地震の時には使えたので使える」とする人がいる一方、「使えないものとしてBCPを作るべきだ」という人の両方が出てきます。公的機関の発表である以上、<停電する/しない>などと断定することはできません。その欠点を企業のリスク管理責任者はカバーしなければなりません。まだBCPが策定できていないのならば、まずは被害を小さめに想定したうえで、今できることと今後準備しなければできないことを洗い出すことから始めることをお勧めします。その後、訓練を通じてBCPをブラッシュアップしていくうえで、では1週間の停電があるとどうなるだろうか、と段階を踏まえて最大規模の被害に備えられるようにするのがよいでしょう。

他社事例からの被災想定

他社事例からBCPの被害想定を考えることもできます。たとえば熊本地震で大きな被害を受けた再春館製薬(ドモホルンリンクルを生産・販売)は下記のような資料を公表しています。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/resilience/dai29/siryo3_2.pdf

上記資料では下記のように、公的機関の被災想定よりも詳しくその当時の従業員の方々の様子が記載されています。

・多くの社員は近隣の避難所に避難や車中で過ごすものも多数

現在BCPを策定しようとしている関係者にこの資料を見せることでより実感を持って対応策が検討できるでしょう。対応としてどのような準備をすればよいかということも、他社事例を踏まえるとイメージしやすいと思います。再春館製薬では従業員のために災害直後から下記のような行動をしたとの記載があります。

・被害状況詳細把握(全員面談)
・社屋を避難所として提供
・4月分給与の支給日を前倒し
・お見舞金の支給
・住宅支援 寮の受け入れ、不動産紹介
・罹災証明等各市町村からの情報発信
・学校、幼稚園の休みによる社員専用保育園に受け入れ

自社でもこれを取り入れようと思うならば、ハイライト部分は事前に準備しておくことが望ましいでしょう。被災後に関係者が集まったうえでお見舞金の金額を検討することは大変難しいことです。給与の前倒しも(中小企業の場合は特に)資金計画上問題がないように常にコントロールしておかなければいけません。ここの事前準備こそがBCPであり、有事の際に資金繰りができずに倒産するかしないかの決定的な要因になります。(給与支払いなら謝ってすむかもしれませんが、取引先への支払いではそうはいかないかもしれません。)

自社内でのシナリオ策定

自社の特性をよりよく反映したBCPを策定するには、やはり自社内でシナリオを吟味する必要があります。しかしながら、対応策を策定するべき部署は追加の仕事を避けたいがあまりに、現在の対応で十分対応できるような被災想定を置きたくなるインセンティブが働きます。例えば、現在の無停電電源装置(UPS)が24時間まで対応できるので、当社生産設備の停電は24時間以下としよう、といった具合になりがちです。

このような被害想定に対して、「被害想定は現実的か?」と問えば、十分に「現実的」ではあるものの、より被害が大きい事態がありうるならば、その被災想定から作るBCPは十分なものにはならないでしょう。ここがリスク管理責任者の腕の見せどころではありますが、最終的には考えられる最大の被害に備えられるようにしなければなりません。対応策の策定部署を責めることなく、訓練等を通じて今後のBCPの見直しを続けることで解決することが推奨されます。

終わりに

「そんなことが起きたら何もできない」という声は、BCPを策定しようとしたときにはほぼ必ず聞く言葉です。どこまで想定して、どこまで「想定しない」のかを決めることもリスク管理責任者の重要な仕事になります。例えば、「直径2キロメートルの隕石が東京を直撃」というシナリオは「想定しない」でしょう。これは意図的に「考えない」ことにしているが、宇宙に詳しい人から見れば「起こりえないわけではない」と考えるでしょう。(映画「アルマゲドン」をフィクションではあるものの、ありえないことを描いたコメディとみる人はまれだと思います。)

可能性があるかないかという議論になると、どこまでも被害想定が大きくなりがちですが、リスク管理責任者はこれを一定程度の大きさで止めなければなりません。その際、ここは想定しないことにします、と宣言(明記)しておくことは非常に重要です。(矮小化されたままにならないように注意することも必要)

「想定する」ものと「想定しない」ものを明確に分けておくことがよりよいBCP策定には必要になります。想定しなかったわけでもないけれども起こってしまったことを「想定外」と騒ぐことは避けられるようにしなければなりません。

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